拙作『不浄の聖女』が現在小説家になろうで連載中である。普段はカクヨムを主戦場としているのだが、諸般の事情で小説家になろうを使っている。是非読んでほしい。リンクは下のものを使ってもらうか、ブログ横のメニューにあるので。

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 さて、『不浄の聖女』と言っているが、正確なこの作品のタイトルは『不浄の聖女は復讐したい:無能な兄二人のせいで異世界に転生しました、女の子になって。』である。長い……。

 長いタイトルはもはや小説家になろうの伝統芸能だ。とはいえ、あまりこの手のタイトルをこころよく思わない人は「適当につけてるんじゃないの?」と思うだろう。まあ、大半の作者は適当にもりもりに盛ったんだろうなと思うんだが。ところがどっこい。長いタイトルの中で必要な情報を取捨選択し取入れるという作業は、突き詰めてみると結構大変だということが分かった。なので今回は自作のタイトルを使って、この長文タイトルをどう構想していったのか、その辺りを詳らかにしておこう。

1 メインタイトル
 まず個人的に、長文タイトルはメイン+サブという構造に分解できると考えた。だらだらと長いだけでは締まらないし、略しづらいので今回はこの構図を取ることにして、メインタイトルから考えることになった。

 メインタイトルはやはり、サブタイトルなしでそれだけを見ても作品の要素が端的に分かる方がいい。タイトルの中には『オーバーロード』のように、あまりなじみのない単語だけで形成するというケースもあるが、通常の小説ならともかく小説家になろうでは悪手だろう。いや、『オーバーロード』もなろう出身なんだけど……。

 いいメインタイトルの代表的な例は、同じくなろう系なら『盾の勇者の成り上がり』だろう。まあサブないんだけど。これは主人公が誰で、その主人公がどうなるかが端的に表れている。盾という、勇者っぽくない装備を前面に押し出すことで読者は「ああ、不遇な扱いを受けそうだな」と即座に理解し、ゆえに「成り上がり」の意味するところもスムーズに理解できるというわけだ。

 私が小説を書く場合、タイトルを先に決めることもあれば内容から考えることもある。例えば『彼には不釣り合いな冒険』は内容から決めて後でタイトルをつけたが、『毒入りバレンタイン事件』はタイトルから決めた。ミステリの場合特に、『○○事件』みたいにキャッチャーなタイトルを、テンプレに沿って決めやすいのでタイトルをぱっと思いついて、そのタイトルに合う事件とはどんな感じだろうと考えてみるケースがある。

 『不浄の聖女』は内容がある程度決まっていて、そこからタイトルに合わせて修正が行われた。勇者としての初太郎、賢者としての継次郎という兄二人のポジションが明確だったので、転生し性別も変わった主人公に与える肩書はどうしようと考えたところ、聖女に決まった。そこで、聖女に似つかわしくない「不浄」を与えることで、「不浄の聖女」という読んだ人が引っかかりを覚えるようなワードに仕立てた。

 ちなみに、この時点で初太郎は「不逞の勇者」、継次郎は「不死の賢者」というのも決まった。「不」を合わせて語感をよくしてみたのだ。

 主人公を表わす一語が決まったら、後は主人公がどうするか、を入れるだけだ。復讐譚なのは最初から決まっていたので、必然的に『不浄の聖女は復讐したい』となった。

2 誰に復讐したいか
 サブタイトルはメインタイトルである『不浄の聖女は復讐したい』を補足する必要がある。その中でおそらく読者にとって重要な情報は、復讐の対象だろう。これを明記した方がいい。

 そこで必然的に「兄二人」の登場を願うことになる。ここで大事なのは、兄二人についてどの程度の情報を与えるかということだ。

 物語ではまず、一番上の兄である初太郎が異世界に転生する。その際、チート能力を貰って好き勝手に暴れ回った。それを止めるため、二番目の兄である継次郎が派遣されるが、彼もまたろくに仕事をしない。そこで三度目の正直とばかりに白羽の矢が立ったのが理三郎、という経緯になる。この経緯のうち、どこまでをタイトルに反映させるか。

 だが、この経緯は長く複雑なので、サブタイトルに入れ込むことができない。そこで思いっきり情報を削り、主人公視点に立ったときの兄二人の評価として「無能」を入れた。兄弟がいる人は想像がつくが、兄が無能だと弟は苦労するので、「無能な兄二人」と復讐対象を置いた時点で、ある程度「兄二人のせいで酷い目に遭ったから復讐するんだな」というのは伝わるのだ。これで複雑な状況を「無能な兄二人」に凝縮することができた。

3 どうして復讐したいか
 誰に、につながる話だが、どうして復讐したいのかも大事だ。復讐譚において動機に賛同するかはともかくとして、動機がそもそもはっきりしないのでは話に身が入らない。そこで「無能な兄二人」に何をされたのか、というのを指摘する必要がある。

 だがこれが難しい。物語の経緯としては、主人公の理三郎は自身の応募した小説が新人賞の最終選考に残ったという、人生の転換点において、無理矢理異世界転生させられたことを恨んでいるのだ。つまり異世界転生そのものが原因だ。これも経緯が複雑で、説明しようとすれば長くなる。だがここで大事なのは、主人公にとっては異世界転生そのものが不本意であるという事実だ。ここさえ表現すればいい。

 そのための「無能な兄二人のせいで異世界に転生しました」である。「せいで」と入れることで、あくまで転生が不本意であることを示している。ここでさらに「無能な」兄であることが活きる。無能な人間が他者に恩恵を与えるとは考え難く、つまり「無能な兄二人」による異世界転生は恩恵ではなく不幸であると想像しやすくなっているのだ。

 こうすることで異世界転生そのものが不本意であることを示す。不本意な異世界転生は当然、それを引き起こした「兄二人」へ復讐する動機となる。ここで「無能な兄二人のせいで異世界に転生したので復讐します」としなかったのは、既に「復讐したい」で主人公の目的が明らかであり、動機が不本意な異世界転生にあると補足もできている以上、目的と動機が示され、あとは読者が勝手に繋げてくれるだろうと考えているからだ。二度も「復讐」の語を入れてタイトルを長くするより、不要な情報、おおむね想像がつく流れは省略してしまう方がスマートだ。

4 要素は反映されているか
 これでメインとサブがおおよそ決まった。『不浄の聖女は復讐したい:無能な兄二人のせいで異世界に転生しました』という感じ。ここで一度、物語のキャッチャーな要素を整理してみる。

 本作において大事なのは、まず異世界転生であること。これはタイトルに含まれている。ついで復讐譚であること、これもタイトルにある。だがひとつ、タイトルから抜け落ちている要素がある。それは主人公が男性から女性になる要素、すなわちTSである。

 カクヨムでも小説家になろうでも、たいていはキーワードとしてこうした要素を登録できるようになっている。だが個人的な経験を言えば、あの手のキーワードはかなり適当につけられている節がある。そもそもそうしたキーワードを読者が精査するとは限らない。TSは本作の重要な要素なので、それが分かるようにタイトルに入れておく必要がある。「女の子になった」ことを示唆しておかなければならない。

 そこでタイトルラストに『女の子になって』と付与した。「女の子として転生しました」ともできるところを、あえてタイトルのラストに持ってきたのは、二つの目的からだ。

 ひとつは、「不浄の聖女」というワードから実質的な距離を置きたかったというのがある。主人公を「不浄の聖女」だと表現したことで、主人公は女性なのだと読者は考えるだろう。そこで「女の子になった」という主旨のワードを加えると、そこで読者はTS要素を理解する。これは当初、主人公を女性だと思っていた読者にとっては意外性として機能する。その意外性を、最後にぶつけたかった。

 情報を出す順番、というのもある。途中に入れると「無能な兄二人」「異世界転生」という他の情報と紛れてしまう。だから一通り必要な情報を出した後で、インパクトを持って受け入れてもらうために最後に配置することにした。

 ふたつ目の目的は、動機の話ともつながるが、不本意感を強く出すことだ。主人公にとっては異世界転移もTSも不本意な出来事なので、それと伝わるようにしたかった。そこでラストにぽつんと置くことで、主人公がTSをこころよく思っていないのを表現した。

 あえて「美少女」というワードを使わなかったのも同じ理由だ。主人公にとって美醜は大した問題ではないので、ニュートラルな表現として「女の子」が選ばれている。


 と、このように考えると、長文タイトルもなかなか奥が深い。読者に注目してもらうための情報を大量に配置しつつ、それがスムーズに飲み込まれるよう整える。不要な情報を削り、必要最低限に抑える。情報を出す順番を注意する。やることはたくさんだ。

 小説家になろうに掲載される作品の大半は、おそらくこうしたタイトルの推敲もなく、ただだらだらと書いているのだろう。ぱっと見、そんな印象を受ける。そうしたタイトルを取り上げて、推敲してみるのも訓練として面白いかもしれない。