「熱膨張って知ってるか?」
ネットミーム化している感のあるこの台詞だが、ネタ化しているせいで逆にどこが笑いどころなのか、前後の文脈が落ちてしまい分からないという人も今では多いだろう。
この台詞は『とある魔術の禁書目録』から、主人公が言い放った台詞だ。飛行機内で拳銃を突きつけられた主人公が熱い紅茶を銃にぶっかけた上で、こうかっこよく言うわけである。
紅茶の温度はどんなに高く見積もっても百度を超えることはない。一方、弾丸に使用される火薬は燃焼時にその数倍は簡単に超える温度になるため、紅茶がかかったくらいで動作不良を起こす銃なら、一発撃つだけでおしゃかである。
この台詞は作者の銃に対する無知、というよりはどっちかというと想像力の欠如がよく現れていると言えるだろう。こんなことなら「安全装置がかかってるぞ?」とかにすれば良かったのに。
とはいえ、知らないことにたいしてはとことん無知なのが人間というもの。そこで今回は創作のとき「熱膨張って知ってるか?」の二の舞にならないための、銃に関する簡単な知識を伝授しよう。今回は特に拳銃について。
1 「安全装置がかかってるぞ」「それがどうした?」
最初はこれ。よくやるやつ。銃を突きつけられて「安全装置がかかってるぞ」と出まかせを言い、相手がちょっと意識を逸らした隙に反撃するというもの。だがちょっと待ってほしい。相手の持っている銃がダブルアクションオンリーだったら? 実はそのまま撃たれる。
どういうことか。銃の安全装置にはいろいろある。代表的なものがマニュアルセイフティと呼ばれるもので、これはダイアルやレバー状のものを操作し、適切な位置に動かすことで弾丸を発射できるようになっている。アサルトライフルなどでは、マニュアルセイフティとセレクターが一緒くたになっている場合が多い。日本の小銃ならアタレ(安全、単発、連発)の標語が有名だろう。
一方、拳銃もマニュアルセイフティを備えている場合があるが、ものによってはダブルアクションオンリーの銃がある。ダブルアクションの説明については本筋ではないので控えるが、要するにこの銃、引き金が通常の拳銃より重く、その重さを利用して安全装置の代わりとしている。
つまり「安全装置がかかってるぞ?」と言われても、マニュアルセイフティじゃないし、引き金を引いたらそのまま撃てるので、「それがどうした?」とばかりに撃たれてしまう。相手の銃がマニュアルセイフティ付きかよく見てからハッタリは仕掛けよう。
2 金属探知機にかからない拳銃?
次はこれ。『ダイ・ハード2』で広まった有名な誤解。逆に有名すぎて間違う人はいないだろうけど紹介しよう。
拳銃と言えば、ミリタリ方面に詳しくない人でも知っているだろう有名どころにグロックがある。グロックはその素材にプラスチックを多用していることでも有名で、その結果、空港の金属探知機に引っかからないという話が出た。当時はプラスチックを多用する銃は珍しく、見た目もなかなか特徴的なのでそういう誤解が生まれたのだろう。
当然だが、グロックも金属探知機に引っかかる。言うまでもなく、グロックはプラスチックを多用しているが、すべてがプラスチックでできているわけではない。強度的に使用しても問題ないところだけに使用しているので、内部には金属製のパーツもある。
そもそも弾が金属なんだから、装填したグロックを持ち込めばその時点でバレるだろってね。
ちなみにそんな誤解が広まったグロックは、後発のモデルでプラスチック素材に造影剤をぶち込んで空港の探知で引っかかるようにしたとか。色々大変。
3 リボルバーにサイレンサー?
これはさすがに見たことないけど、間違う人はいるだろうなというところ。銃の発射音を軽減してくれるサイレンサーだが、基本的にリボルバーに取り付けても意味がない。これはリボルバーの構造が関係している。
そもそも銃の発射音とは何によって生じているのか。これには二つの原因がある。ひとつが弾丸が空間を切って飛ぶ音。もうひとつが弾丸を発射したときの、火薬の燃焼ガスだ。サイレンサーはそのうちの後者に作用する。火薬の燃焼ガスが漏れるのを遅らせて、徐々に漏らしていくことで銃の発射音を抑えるのがサイレンサーの役割だ。
ところがこの機能を使えるのは、発射ガスが銃口からしか漏れない自動式に限られる。リボルバーだと、シリンダーとバレルの継ぎ目、つまりあのレンコン状のところから燃焼ガスが漏れまくるため、サイレンサーの消音効果は期待できない。
とはいえどんなものにも例外があって、ナガンリボルバーという昔のリボルバーは特異な構造をしていて、サイレンサーが使えたりする。
4 サイレンサーをつけても弾丸の威力は落ちない?
これはゲームをしていると勘違いしやすいもの。ゲームの銃カスタムでサイレンサーをつけると、たいていの場合銃の威力が落ちるが、現実ではそんなことは起こらない。むしろ威力が増すまである。
というのは、銃の威力は使用する弾丸の重さ、火薬量の他、バレルの長さでも変わってくるからだ。基本的にバレルが長いほど威力は高くなる。弾丸はバレル内を移動する間に加速するわけだが、バレルが長ければ加速する時間が伸び、速度が上がり結果として威力も上がるというわけだ。このあたりは、長さの違う筒で吹き矢をしてみるとよく実感できるだろう。
当然、サイレンサーを取り付ければその分バレルの長さが伸びるので、威力が上がるという寸法だ。まあ、そこまで単純ではないにしても、少なくとも威力が落ちることはない。
ゲームではバランスの観点から威力が落ちているというのもあるが、案外、銃弾が変わっているという設定かもしれない。前述の通り、銃の音は燃焼ガスと、弾丸自体が風を切る音で発生する。そして弾丸の速度が音速を超えると、ソニックブームが発生する影響で音が大きくなる。そこで発射音を控えるために、あえて弾丸の発射速度が音速を超えないようにする亜音速弾というものを使用することがある。発射速度が遅くなれば、その分威力や射程が落ちるというわけだ。
5 最後の一発……が、駄目!
最後は映画のあるある。ゾンビに拳銃を乱射し、もう駄目だとなって自殺するために自分に向けて撃つが……。既に弾は撃ち尽くしており、絶望しながらゾンビにむしゃむしゃされるというやつだ。しかし普通、グロックなどに代表される自動式の拳銃でこれは起きない。
というのも、自動式の拳銃は基本的に、弾を撃ち尽くすとホールドオープンするからだ。簡単に言うと、銃上部のスライドが下がり、一目見て弾切れだと分かる状態になる。実は弾が入ってませんでしたの前に、お知らせしてくれる。リボルバーなら話は違うが。
銃の間違いとしてはあるあるなのだが、実はこれ、ガンアクションものとして有名な漫画『BLACK LAGOON』でもやっている。ナチスシンパに奪われた絵画を取り戻すとき、シンパの親玉にレヴィが自分の拳銃を渡し、自殺するかどうかダッチと賭けをする。親玉はレヴィに銃を向けて引き金を引くが、弾は入っておらず……という流れ。
ガンアクションものを書く作者でも間違えるのかあ、と思うところだが、たぶんこれはわざとだ。映画におけるあるあるシーンを再現するために、わざと間違いをそのままにしたのだろう。ガンマニアは時々こういうことをやる。知ったぶって指摘すると「わざとだよ」と一蹴されそうだ。こういう罠もあるから気をつけた方がいい。知らずに間違えるのと知ってわざと間違えるのは大違い、なのだ。
ネットミーム化している感のあるこの台詞だが、ネタ化しているせいで逆にどこが笑いどころなのか、前後の文脈が落ちてしまい分からないという人も今では多いだろう。
この台詞は『とある魔術の禁書目録』から、主人公が言い放った台詞だ。飛行機内で拳銃を突きつけられた主人公が熱い紅茶を銃にぶっかけた上で、こうかっこよく言うわけである。
紅茶の温度はどんなに高く見積もっても百度を超えることはない。一方、弾丸に使用される火薬は燃焼時にその数倍は簡単に超える温度になるため、紅茶がかかったくらいで動作不良を起こす銃なら、一発撃つだけでおしゃかである。
この台詞は作者の銃に対する無知、というよりはどっちかというと想像力の欠如がよく現れていると言えるだろう。こんなことなら「安全装置がかかってるぞ?」とかにすれば良かったのに。
とはいえ、知らないことにたいしてはとことん無知なのが人間というもの。そこで今回は創作のとき「熱膨張って知ってるか?」の二の舞にならないための、銃に関する簡単な知識を伝授しよう。今回は特に拳銃について。
1 「安全装置がかかってるぞ」「それがどうした?」
最初はこれ。よくやるやつ。銃を突きつけられて「安全装置がかかってるぞ」と出まかせを言い、相手がちょっと意識を逸らした隙に反撃するというもの。だがちょっと待ってほしい。相手の持っている銃がダブルアクションオンリーだったら? 実はそのまま撃たれる。
どういうことか。銃の安全装置にはいろいろある。代表的なものがマニュアルセイフティと呼ばれるもので、これはダイアルやレバー状のものを操作し、適切な位置に動かすことで弾丸を発射できるようになっている。アサルトライフルなどでは、マニュアルセイフティとセレクターが一緒くたになっている場合が多い。日本の小銃ならアタレ(安全、単発、連発)の標語が有名だろう。
一方、拳銃もマニュアルセイフティを備えている場合があるが、ものによってはダブルアクションオンリーの銃がある。ダブルアクションの説明については本筋ではないので控えるが、要するにこの銃、引き金が通常の拳銃より重く、その重さを利用して安全装置の代わりとしている。
つまり「安全装置がかかってるぞ?」と言われても、マニュアルセイフティじゃないし、引き金を引いたらそのまま撃てるので、「それがどうした?」とばかりに撃たれてしまう。相手の銃がマニュアルセイフティ付きかよく見てからハッタリは仕掛けよう。
2 金属探知機にかからない拳銃?
次はこれ。『ダイ・ハード2』で広まった有名な誤解。逆に有名すぎて間違う人はいないだろうけど紹介しよう。
拳銃と言えば、ミリタリ方面に詳しくない人でも知っているだろう有名どころにグロックがある。グロックはその素材にプラスチックを多用していることでも有名で、その結果、空港の金属探知機に引っかからないという話が出た。当時はプラスチックを多用する銃は珍しく、見た目もなかなか特徴的なのでそういう誤解が生まれたのだろう。
当然だが、グロックも金属探知機に引っかかる。言うまでもなく、グロックはプラスチックを多用しているが、すべてがプラスチックでできているわけではない。強度的に使用しても問題ないところだけに使用しているので、内部には金属製のパーツもある。
そもそも弾が金属なんだから、装填したグロックを持ち込めばその時点でバレるだろってね。
ちなみにそんな誤解が広まったグロックは、後発のモデルでプラスチック素材に造影剤をぶち込んで空港の探知で引っかかるようにしたとか。色々大変。
3 リボルバーにサイレンサー?
これはさすがに見たことないけど、間違う人はいるだろうなというところ。銃の発射音を軽減してくれるサイレンサーだが、基本的にリボルバーに取り付けても意味がない。これはリボルバーの構造が関係している。
そもそも銃の発射音とは何によって生じているのか。これには二つの原因がある。ひとつが弾丸が空間を切って飛ぶ音。もうひとつが弾丸を発射したときの、火薬の燃焼ガスだ。サイレンサーはそのうちの後者に作用する。火薬の燃焼ガスが漏れるのを遅らせて、徐々に漏らしていくことで銃の発射音を抑えるのがサイレンサーの役割だ。
ところがこの機能を使えるのは、発射ガスが銃口からしか漏れない自動式に限られる。リボルバーだと、シリンダーとバレルの継ぎ目、つまりあのレンコン状のところから燃焼ガスが漏れまくるため、サイレンサーの消音効果は期待できない。
とはいえどんなものにも例外があって、ナガンリボルバーという昔のリボルバーは特異な構造をしていて、サイレンサーが使えたりする。
4 サイレンサーをつけても弾丸の威力は落ちない?
これはゲームをしていると勘違いしやすいもの。ゲームの銃カスタムでサイレンサーをつけると、たいていの場合銃の威力が落ちるが、現実ではそんなことは起こらない。むしろ威力が増すまである。
というのは、銃の威力は使用する弾丸の重さ、火薬量の他、バレルの長さでも変わってくるからだ。基本的にバレルが長いほど威力は高くなる。弾丸はバレル内を移動する間に加速するわけだが、バレルが長ければ加速する時間が伸び、速度が上がり結果として威力も上がるというわけだ。このあたりは、長さの違う筒で吹き矢をしてみるとよく実感できるだろう。
当然、サイレンサーを取り付ければその分バレルの長さが伸びるので、威力が上がるという寸法だ。まあ、そこまで単純ではないにしても、少なくとも威力が落ちることはない。
ゲームではバランスの観点から威力が落ちているというのもあるが、案外、銃弾が変わっているという設定かもしれない。前述の通り、銃の音は燃焼ガスと、弾丸自体が風を切る音で発生する。そして弾丸の速度が音速を超えると、ソニックブームが発生する影響で音が大きくなる。そこで発射音を控えるために、あえて弾丸の発射速度が音速を超えないようにする亜音速弾というものを使用することがある。発射速度が遅くなれば、その分威力や射程が落ちるというわけだ。
5 最後の一発……が、駄目!
最後は映画のあるある。ゾンビに拳銃を乱射し、もう駄目だとなって自殺するために自分に向けて撃つが……。既に弾は撃ち尽くしており、絶望しながらゾンビにむしゃむしゃされるというやつだ。しかし普通、グロックなどに代表される自動式の拳銃でこれは起きない。
というのも、自動式の拳銃は基本的に、弾を撃ち尽くすとホールドオープンするからだ。簡単に言うと、銃上部のスライドが下がり、一目見て弾切れだと分かる状態になる。実は弾が入ってませんでしたの前に、お知らせしてくれる。リボルバーなら話は違うが。
銃の間違いとしてはあるあるなのだが、実はこれ、ガンアクションものとして有名な漫画『BLACK LAGOON』でもやっている。ナチスシンパに奪われた絵画を取り戻すとき、シンパの親玉にレヴィが自分の拳銃を渡し、自殺するかどうかダッチと賭けをする。親玉はレヴィに銃を向けて引き金を引くが、弾は入っておらず……という流れ。
ガンアクションものを書く作者でも間違えるのかあ、と思うところだが、たぶんこれはわざとだ。映画におけるあるあるシーンを再現するために、わざと間違いをそのままにしたのだろう。ガンマニアは時々こういうことをやる。知ったぶって指摘すると「わざとだよ」と一蹴されそうだ。こういう罠もあるから気をつけた方がいい。知らずに間違えるのと知ってわざと間違えるのは大違い、なのだ。